松江の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

島根県松江市歴史探訪
松江市の概要
松江市は、島根県の東部、山陰のほぼ中央に位置し、広島市から約180km、大阪市からは鉄道距離で約370kmのところにあります。宍道湖と中海に挟まれた地域に広がる都市で、宍道湖から中海に注ぐ大橋川により市街地は南北に二分されており、北側は橋北(きょうほく)、南側は橋南(きょうなん)と呼ばれ、昭和初期までは松江大橋のみで結ばれていました。現在は西から順に宍道湖大橋・松江大橋・新大橋・くにびき大橋の合計四つの大橋が架けられているほか、市内には縦横に堀川がめぐらされ、それはまさに「水郷松江」の名にふさわしく、その橋の数は500にものぼります。また、戦火をまぬがれた市街は城下町の面影を色濃く残しており、宍道湖をはじめとする数々の景勝地に恵まれていることから、国際文化観光都市に指定されています。

松江市の主な歩み
松江市は、古代出雲の中心地として古くから開けていました。乃白町の田和山遺跡、大庭町の茶臼山周辺に点在する古墳群、大草町の出雲国庁跡、竹矢町の国分寺跡など、古代から奈良時代の多くの遺跡が松江市南部の意宇川下流域で発見されており、全国的に見ても、早い時期に開けていた地であったようです。奈良時代には国庁や国分寺が置かれており、江戸時代には堀尾氏3代・京極氏1代・松平氏10代の城下町として栄えました。この頃、今日に見る都市の基礎が形成されました。明治4年(1871年)廃藩置県によって県庁が置かれ、同22年4月(1889年)全国の38市とともに、市政を施行しています。その後、昭和9年から35年にかけて8回にわたり周辺の村を合併、また、公有水面の埋立などを経て、現在の市域となりました。昭和26年(1951年)には、松江国際文化観光都市建設法が制定され、奈良市・京都市と並んで、国際文化観光都市となりました。さらに、昭和41年(1966年)には、中海地区新産業都市の指定を受け、山陰の中核都市となりました。
平成17年3月31日には八束郡7町村と合併し、現在の松江市となり、現在も発展し続けています。

松江市の名前の由来
松江の地名の由来は、いくつかあるようで、一つは、慶長16年(1611年)堀尾吉晴が亀田山に城を築き、白潟・末次の二郷をあわせて松江と称したことからだそうです。他には、松江城を築いた堀尾吉晴が、中国浙江省「淞江(しょうこう)」とこの地が、湖が美しいところ、スズキやじゅん菜を産するところが似ていることから松江と命名したそうです。



松江市の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
松江郷土館(興雲閣)
住所: 〒690-0887
島根県松江市殿町1-59 [地図を見る]
電話番号: 0852-22-3958
開館時間: 8:30〜17:00(入館は16:40まで)
休館日: 年中無休
入館料: 無料







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